イヤン・ウルリッヒッヒと僕

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毎日更新すると言っておきながら、さっそく放置です。
困った奴と言えましょう。まあ、そんなもんです。
幼き頃、人々は将来の夢を思い描くものでしょう。
スポーツ選手やお嫁さんや、大人になったらこうなりたいな。
というような夢を。
ボクはいまいち冷めた人間だったのか、よく覚えてません。
電車の運転手を夢見ていたような気もしますが、
今思えば何故にそのような夢を描いていたのか不明です。
決して電車の運転手がダメだ、という訳ではなく、
ボクと電車の運転手が繋がらないため。という理由です。
そんないいわけ要りませんね。
実は今夢は何だと言われるとひとつあるんですね。
それはサッカー選手。ヨーロッパに旅立って
活躍をしたいと願っているわけです。
遅咲きのスーパースター華々しく活躍。なのです。
こんな年になって何を言っているのか不明ですし、
別に今サッカーをしているわけでは無いのでただの妄想ですが、
そんな妄想も時には大事だということです。
本当に大事かって?
もう!そうなんです。では、また。

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ヤン・ウルリッヒ
ツール・ド・フランスという自転車レースがある。
単なる自転車と小馬鹿にしてはいけません。
見ているものを虜にする、それはそれは面白いレースなのである。
日本では見る機会は余りありませんが、昔は
深夜で放送していたものでその時は良く見ていました。
その頃、見た一人の選手。
その選手に何故か一目惚れをしてしまったのです。
恋愛対象ではございません。
男が男に惚れるぜ。ということです。格好いいなと。
それが、ヤン・ウルリッヒ。
後に彼とボクは同じ誕生日だと知ることになるのです。
すばらしき偶然。空前絶後です。
相変わらずの使い方間違えは認めざるを得ませんが、
響きとリズムは大切なのです。
よろしくどうぞ。
ということで今日は多少真面目にしてみました。
そんなことないですか?そうですね。そうでした。
この50音順てきとー文章も「や」まで来ましたね。
後は、「ゆ」「よ」ときて、「ら」行と
「わ」と「を」と「ん」で、10個ですね。
そしたらどうしようかな。


餅が好きなボクである。
モチロンである。
モチロンと言ったところで、ボクの餅好きは
ボクをよっぽど知る人しか知らないわけであるから、
モチロンが通じないというのは分かっている。
でも、たとえそうであっても言いたい瞬間はあるもので、
餅が好きだ。モチロンだ。と言いたいわけである。
言いたいわけであると言うより、言っているのである。
モチロン。
餅は何故にあんなに美味しいのだろう。知ってますか。
そんなことを言ったとしても、餅好きはとりあえずは
ボクだけであるから、誰も同意はしてくれないのだろう。
寂しいものである。
しかし、餅好きはまだまだたくさんいるはずだから、
そういう人が集えば、この話は問題なく通るはずである。
さあ、集え、餅好き。
集ってくれたところで何をするわけではないけれど。

明治
明治製菓という会社がありますね。
カールやアポロやチェルシーや、
マクビティやら数々の名作お菓子を作っている会社ですね。
設立は大正5年らしいですけど。
まあ、そんなことはどうでもいいんですが、
小学生くらいの頃はそれこそ三度の飯よりお菓子ってくらいに
お菓子大好き生物だったものですが、今やすっかり食べません。
食べたいという気持ちにならないのです。
なぜなんでしょう。
小学生の頃、無理をしていたのでしょうか。
いや、小学生の立場ではなかなか無理はしませんね。
どちらかというと我が儘な方ですね。
人生の機敏やら苦悩やらもあんまり関係なかったでしょうし、
一歩引いて相手を立てるなんてこともしないでしょうから、
我慢をしていたわけではなく、
単純にお菓子が好きだったのでしょう。
では、今無理しているということか。
食べたいのに食べないように我慢しているというのか。
でもカールは歯にくっつく印象しかないから
別に食べたいとは思わないし、
アポロは今更アポロかい、って感じだし、
今はスペールシャトルですよって感じだし、
お菓子に対する情熱が無くなっているだけな気が。
過ぎ去った青春ってことかな。
青春とお菓子。甘酸っぱさが共通している。
まあ、甘酸っぱいお菓子は少ないけど。








サボっている訳ではないです。自信は無いですが。

ミイラ取りがミイラになる
よっぽどの事がない限り、
ミイラは取りにいかないと思う。
だから、ミイラになる機会はない。

マスクメロン
高級果物として名高いメロンでありますが、
その中でもやはりマスクメロンでしょうか。
編み目彩る見た目が高級感を与えてくれます。
小さい頃は大好きだったのですが、今はあまり好きじゃないです。
だって、甘いんですもの。
以前も語りましたがボクは辛党なので、甘いのは苦手なんです。
甘い関係は嫌いではありませんがね。
しかし、マスクメロンってどこがマスクなの?
あの網目がマスクだというのかい。
そうするとマスクの意味が御座いません。
中がバレバレではないか。隠せていないではないか。
網タイツにおける足の如く、肌が見えてしまっているではないか。
困ったマスクです。引きちぎってやる。
いえ、嫌らしい意味ではありません。
あくまでマスクメロンの網であって、網タイツではないですから。
こんなこと言ってはいますが、要するに
マスクメロンのマスクは麝香(じゃこう)のマスク。
一般的にはムスクと呼ぶのでしょうか。
じゃあムスクメロンじゃないか。
でも何となく響きが変なので、マスクメロンで良しとしましょう。
今日の所は。

ほっけ
ほっけの開きなんかがあると、ご飯が進みますね。
ご飯が進むとは言っても動き出すわけではないですね。
どんどん進むご飯。こらこら待ちなさいと。
ほっけを置いてどこへ行く。
ほっけ無視で行く先も分からぬまま進むご飯。
ぽつんと残されたほっけ。哀愁漂う構図です。
見事に脱線している話。
でも僕は元々レールを敷いて語っているわけではないですから、
脱線しているわけではありません。
でもこの場合は分かり易いので無かろうかと、
敢えて使っているわけですのでご了承ください。
戻しまして、ほっけ。
まあ、美味しいわけですね。焼きたてのほっけの開き。
ご飯が進むわけです。どんどん・・・止めましょう。
ついついたくさん食べてしまうわけです。
他のおかずもそうなのですが、やはり冷めてしまうと
あまり美味しくなくなるわけです。いえ、
美味しいのですが、美味しさレベルが落ちるわけです。
ご飯に置いてかれて、冷たく残されるほっけ。
冷たいほっけ。
アイスホッケー。
氷上の格闘技。
意味のない話です。いつもです。

ヘボン式
日本に英語を普及させるべく、ヘボン式ローマ字を生み出した
ヘボンさん。ずいぶんな名前だなと思っておりましたが、
実はこのヘボンさん、
彼に敬意を表してローマ字表記にしてみますと、
その他の表記方法は知りませんから、どちらにしても
同じ方法になりますけど、
Hepburnとなるそうです。当時の日本人にはいまいち
発音が難しく、訛ってしまってヘボンになったとかならないとか。
Hepburn。これはこの英語に達者なボクが読んでみますと、
ヘップバーンとなります。ヘップバーン。
本当はヘップバーン式ローマ字だったのですね。
ずいぶんな名前と言ってしまって誠に申し訳ありません。
普通の、そして、かの有名人と同じ名前だったのではないですか。
やりますね。
でも我ら日本人もその後、きちんと勉強してきて良かったですね。
このまま行っていたら、かの有名なオードリー・ヘップバーンも
オードリー・ヘボンになってしまうところでした。
そんなことになっていたら今ほど人気を得られたかどうか
微妙なところです。ヘボンヘボン、トイレにヘボンと
冷やかされ、人気薄になった可能性があります。
いや、名前はさほど関係ないと思われます。
かなりの可愛さでしたからね。ヘボン。


お味噌汁ならハナマルキ。じゃなくて、
じゃなくはないな。えっとこの場合は、
ハナマルキとわざわざ今のタイミングで使う必要は
無かったという意味でのじゃなくてです。
決してハナマルキはお味噌汁ではない、という意味ではないです。
本題です。
お味噌汁などに入っている麩ですが、
汁をたっぷり吸い込んで熱々な麩ですが、
麩。小難しい漢字を使っておりますけれども、
麩。一文字。
何となく麩の軽い漢字が見事に表現されています。
小麦の皮くずなんて意味もあることからも
軽い印象を強く持ってしまうのは致し方ないのでしょう。
しかも麩には夫という字が組み込まれています。
家庭で虐げられる夫。軽く扱われてしまう夫。
給料だけ持ってくれば良しとされてしまう夫。
なんということなのでしょう。
明日から麩の見方が変わっていきそうです。
ボクは麩の味方になります。
頑張れ、麩。負けるな、麩。立ち上がれ、麩。
まあ、別に麩自体は虐げられてないでしょうけどね。
そういえば、フーミンはいつまで
バスロマンのCMをやり続けるのだろう。

秀樹
感激。
先日、ハイジについて語ってみましたので、
それにモロに影響を受けて、秀樹にしてみました。
だからといって何を語るつもりもなく、
これといって秀樹について思うところも無いので
どうしたものかと今考え中です。
えーっと。
一発目に感激を使ってしまったため、
これ以上のことがありません。
全く持ってボクのポテンシャルの低さが露呈されました。
そうそう、ポテンシャルって潜在的な力とかいう意味がありますが、
それにしては何か可愛いですね。
ポテンシャル。ポテンシャル。
やばい、ポテンシャルにもこれ以上のことがありませんでした。
可愛いと言うことしか。更にポテンシャルの低さが露呈。
ポテンシャルに対するポテンシャルが低い。
これを後、4、5回続けてもいいのですが、
しつこいのも何なので、今日はこれにて終了とします。
今、秀樹で一つ思いました。
秀でた樹と書いて秀樹。人なのに。人の名前なのに。
どうでもいい話でした。
余計なことはしない方がいいという教訓を得ました。

ハイジ
有名なアルプスの少女ハイジですが、
ハイジって女の子っぽくないですね。なんか。
男の子かオッサンな響きが漂っています。
まあこれはあくまでジャパニーズ、日本語感覚ですから、
アルプス生まれアルプス育ちのハイジからしたら
しったこっちゃねえぜ!なのでしょう。
しったこっちゃねえぜな時点でオッサンくさいです。
でもこれもハイジが言ったわけではなく、
ボクの勝手な表現なので、ハイジからしたら
勝手なこと言ってんじゃないわよ!なのでしょう。
でも一つ言わせていただくと、
アルプス生まれのアルプス育ちですから、
ボクの日本語感覚を否定しようとしてもそうはいきません。
だってハイジ、日本語で喋っていますから。
だからハイジはオッサンだというのは正解。
いや、女の子でした。
しかし、ハイジ。ローマ字表記だとHEIDIの様です。
ヘイディと読むのでしょうか。
ようやく女の子っぽくなりましたね。良かったね、ハイジ。
おう!

ノストラダムス
今となってはもう忘れ去られそうな勢いの
存在となりつつある今日この頃ですが、
ボクが小学生くらいの頃は一時期夢中になったものである。
ノストラダムスの大予言。
諸説入り交じった予言があり、摩訶不思議な存在でありましたが、
幼心に、ああボクはこの年齢で死んでしまうのかななんて
思い少し怖いと思ったものでした。
とうとうその月を迎えたのですが、あっさりしたもの。
浅漬け並にあっさりしたもの。和風パスタです。
まあそんなものなのでしょう。
でも平成も18年を迎えた現代。
ぼちぼち平成生まれが成人となっていきそうな現代。
格差社会が大きな問題となっていきそうな現代。
今こそ新たなる予言者が必要なのではないか。
この乾いた社会に刺激を与えるべき摩訶不思議な存在が。
別にいらないか。
しかし、ノストラダムスはいつまで覚えてもらえるのだろうか。
すでにお役ご免だろうし。有名人も大変だね。
まあ、その前に
今更ノストラダムスを語っていることがどうかと思います。

寝る
人間は寝る。
当たり前の事を当たり前に語ってみました。
そういうことも時に大切と最近気づきました。
最近といえば、最近、どうも眠いんです。なぜなんだろう。
仕事が忙しくて寝不足気味ということもあります。
って、理由が分かっているじゃないか!
と、自分に少し長めの突っ込みを加えてみました。
いや、大して長くは無いですね。
しかし、大してという言葉、
そうでも無いというような意味合いの割に大という表現。
どういう了見なのでしょう。
デカイのにそうでもない。
木偶の坊ということでしょうか。
なんとデカイ人に対して酷いご意見なのでしょう。
気をつけ給え。失礼な。
ボクがね。
木偶の坊とは関係無かったですね。
しかし、寝るというテーマはどこにいったのだろう。
こんな感じばかりですね、ボクは。

ぬるま湯
とにかくぬるい湯ということですけれど、
のろまと非常によく似ている表現ですね。
っと思ったら、ぬるいぜお前って言い方もありましたね。
ということはぬるいとのろいは同義語に近いのでしょうか。
でものろいとは愚鈍なという意味でありますから、
ぬるま湯は愚鈍な湯ということになりますね。
まあ、何となく意味は伝わってきますけれども
わざわざそこをフィーチャーする必要も無いのでしょうけれども、
なんだか気になったりするのです。
そうやって人間は色んな事に興味を持って、知識を蓄え
大きく成長していくものですから。
好奇心旺盛というのはある種良いことですから、
ボクのこの引っかかる性格は決して間違いでは無いのでしょう。
日々是勉強ですからね。
今回はもしかすると無駄かも知れませんがね。

人参
ニンジンである。
これを嫌がるチビッコもいることだろう。
ボクは嫌いではないが、ニンジンって、
好物になりえない野菜って感じがする。
俺ニンジンに目が無くってさ。などという発言を
生まれてこの方聞いたことが無いことからもある程度
証明されているような気がする。もちろん、ある程度だ。
だからニンジン業者さん、怒らないで頂きたい。
まあ、その前にナスに目が無くってさ、も、
白菜に目が無くってさ、もボクは聞いたことがないので
ニンジンも大丈夫だと言えましょう。
これで良いですか。
しかし、ニンジン。漢字で人参。
人が参ると書いて人参。ずいぶんなお野菜だ。
参ったなぁ、本当に。と人が思ってしまうほど野菜だということだ。
どういうことだろう。
確かに今回この文章を書いていて、人参批判をしてしまったため
ボクは参ってしまった部分もある。
そういう意味では正しいと言えるが、これは今回限り。
普段の人参の人を参らせる姿を見てみたい。

ナイジェリア
アフリカにある国。
ナイジェリアとアルジェリア。
どうも日本くさい臭いがするのだが、気のせいだろうか。
ちなみにナイジェリアの首都はアブジャで、
アルジェリアの首都はアルジェというらしい。
調べないと言いつつ調べてしまいました。
それはそうでしょう、知らないものこんな事。
しかし、アルジェリア。
首都がアルジェとは、これまた日本くさい感じがする。
単純な駄洒落っぷりが。
ジェリアがアルから、アルジェリア。そして、
その所在を聞かれた際の返答。
ジェリアってあんたの国にあるの?
おう、そこにアルジェ。
困ったものである。

ときめき
青春を感じる言葉ですね。ときめき。
もうホントときめきを感じることが無くなりました。
年老いてきた証拠でしょうか。
ヨボヨボになってきた証拠でしょうか。
いえ、まだまだヤングなはずです。ボクは。
まあ、ヤングという言葉を使っている時点で怪しいと思いますが、
周りから割と若く見られるタイプですから、
何とかそれで今後も乗り切っていきたいと思っています。
さて、ときめき。
一体辞書ではどういう意味なんだろうと思い立ち、
普段は余り調べたりはしないのですが、
事実を確認することも必要と、調べてみることにしました。
ときめき。
意味:胸がときめくこと。
調べるだけ無駄でした。何というそのまんまっぷり。
やはり今後も何事も調べずに望んでいきたいと決意しました。

手弁当
自分で作った弁当を持って行くことだったり、
何かのために自費で働くことをいうようですね。
手弁当。
今日日使う人は少なくなっているのかも知れません。
しかし、そもそも手弁当。
分かるような分からないような言葉ですね。
いつも通りボクなりの説を述べましょう。
お食事中の方は気をつけてね。
手弁当とは、トイレで大をした際にみなさん
お尻をペーパーで拭きまくりだと思いますが、その時に
ペーパーが少なかったのか、拭きかたがワイルドだったのか、
お尻から出てくる奴らがペーパーを乗り越えて手に付着する。
手にベンがヒットする。手ベン当たり。
手弁当。という説になるわけです。
どういう教訓が込められているかというと、
便を手に付けないように注意しましょうということです。
あ、お尻からでるベン、漢字では便でした。
うっかりうっかり。そんな初歩過ぎるミスも人はするわけです。
以後気をつけます。

ツベルクリン
結核の感染を知るための検査をツベルクリンと言いましたね。
今では結核はかなり減少しているということですので、
それはそれは良いことなのですが、
ツベルクリンって何か響きにインパクトがありますね。
ツベルクリン。ツベルクリン。ツベルクリン。
受験生には御法度単語と言えましょうか。
ツベルぞクリンと。ですからね。
何でツベルクリンなのかどうかはいつも通り調べませんが、
真実が分かったからってそれが必ずしも正しいわけではなく、
多少誤っていても想像を楽しんで、想像力を養うことは
大切ですから、これはこれで良しと致しましょう。
相も変わらぬ自己都合な思考と言うことだけは、
真実だと認めておきましょう。
最後にツベルクリン、今回、
これをテーマにした意味が特に無かったことも真実です。

チゲ鍋
チゲ鍋、チゲ鍋と言われておりますが、
チゲ自体が鍋という意味だそうですね。
朝鮮料理の鍋物のことだそうですね。
ということは鍋鍋ということになるのでしょうか。
鍋鍋と。
そんなにも鍋が食べたいという前のめりの気持ちを
表現したものなのでしょうか。さすがです。
辛党の僕としてはですね、チゲ鍋は大好きなんです。
だから鍋鍋って言う気持ちは分からなくもないです。
だんだんお腹が減ってきました。
でも、鍋鍋。
良く見るとこの並んだ文字が
カタツムリの兄弟に見えてきました。
一気に食欲減退です。
なかなか人生思い通りに行かないという一例でしょうか。
あ、鍋を煮込んで食べるという説もありますね。鍋鍋。
でんでんむしむし。

たいこさん
サザエさんにタイ子さんっていますよね。
漢字では鯛子なのでしょうか。
サザエさんの周りの人たちはみんな魚介類の名前ですから
仕方ないと思うのですが、タイ子さんってどうなんでしょう。
太鼓を得意とし、
太古より馳せ参じた、
タイ出身。
男勝りな古風な印象ということです。
無骨な日本男児ってことになります。
いや、タイの人でした。
蹴りが強そうです。
さて、女性としてはいかがなものなのでしょうか。
まあ、鯛の子供で鯛子さんと読ませれば、
目出度い印象ももちろんありますけれど、
どちらにしても余り良い名前では無いですね。
親御さんがどういう気持ちで名付けたかは分かりませんが、
大誤算(だいごさん)でしょう。
たまには駄洒落も必要と思い、使ってみました。
そんなこんなで語ってますが、タイ子さんは
サザエさんよりはマシだということに今気づきました。


大きくなってあんまり見ることが無くなった空。
周りに大きな建物が多くなり、
小さくなったように感じてしまう空。
感傷的になっているわけではありませんが、
大空って言葉に触れなくなった気がするわけです。
今日出勤中の車窓から何となくそんなことを思った僕は
窓の外を眺めてみたわけですが、
線路沿いのマンションのベランダに一人のオッサンが。
最近はベランダではなくバルコニーというのでしょうか。
日本人は自国語もままならない人が多いのに、
かっこつけて横文字を使いたがりますね。
アイロニー(皮肉)です。
オッサンはバルコニーで立ったまま本を読んでました。
電気でも止められているのでしょうか。
でも気持ちよさそうですね。
太陽の光と頬を撫でる風、ゆったりとした雰囲気の中での
読書はまた本好きには格別なのかも知れませんね。
顔はしかめっ面でしたけど。
立ったままの読書はしんどいってことを
我々に教えてくれているのかも知れませんね。

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